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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1448号 判決

第一事件原告(第二事件反訴被告) シグナ・インシュアランス・カンパニー

右日本における代表者 ジアンフランコ・モンガーディ

右訴訟代理人弁護士 島林樹

右訴訟復代理人弁護士 藤本達也

第三事件原告 一瀬明義

右訴訟代理人弁護士 井上史郎

第一事件被告(第二事件反訴原告、第三事件被告) 福田泰弘

第三事件被告 福田恭久

右両名訴訟代理人弁護士 下村雄一

主文

一  第一事件原告(第二事件反訴被告)は、第一事件被告(第二事件反訴原告、第三事件被告)福田泰弘に対し、別紙事故目録記載の交通事故に関し、第一事件原告(第二事件反訴原告)と第一事件被告(第二事件反訴原告、第三事件被告)福田泰弘との間に締結された別紙保険目録記載の自家用自動車保険契約に基づく何らの債務を有しないことを確認する。

二  第一事件被告(第二事件反訴原告、第三事件被告)福田泰弘及び第三事件被告福田恭久は、第三事件原告に対し、各自金二八〇〇万円を支払え。

三  第一事件被告(第二事件反訴原告、第三事件被告)福田泰弘の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、全事件を通じ第一事件被告(第二事件反訴原告、第三事件被告)福田泰弘及び第三事件被告福田恭久の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(第一事件について)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は第一事件被告(第二事件反訴原告、第三事件被告)福田泰弘(以下「被告泰弘」という。)の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第一事件原告(第二事件反訴被告)(以下「原告保険会社」という。)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告保険会社の負担とする。

(第二事件について)

一  反訴請求の趣旨

1 原告保険会社は、被告泰弘に対し、金二八〇〇万円を支払え。

2 訴訟費用は原告保険会社の負担とする。

3 仮執行宣言

二  反訴請求の趣旨に対する答弁

1 主文第三項と同旨

2 訴訟費用は被告泰弘の負担とする。

(第三事件について)

一  請求の趣旨

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は被告泰弘及び第三事件被告福田恭久(以下「被告恭久」という。)の負担とする。

3 主文第五項と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第三事件原告(以下「原告一瀬」という。)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告一瀬の負担とする。

第二当事者の主張

(第一事件について)

一  請求原因

1 原告保険会社は、アメリカ合衆国に本店を有し、損害保険を業とする会社であるところ、被告泰弘との間に、同被告の所有にかかる普通乗用自動車(神戸五六ほ三三五九)(以下「旧車両」という。)を被保険自動車とする別紙保険目録記載の自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

2 ところで、右自家用自動車保険普通保険約款(以下「本約款」という。)第六章一般条項第六条には、「被保険自動車が廃車、譲渡または返還された後、その代替として被保険自動車の所有者が被保険自動車と同一の用途および車種の自動車を新たに取得し、または一年以上を期間とする貸借契約により借入れた場合に、保険契約者が書面をもってその旨を当会社に通知し、保険証券に被保険自動車の変更の承認の裏書を請求した場合において、当会社がこれを承認したときは新たに保険証券に裏書された自動車についてこの保険契約を適用する。」旨の規定がある。

3 被告泰弘は、昭和五九年四月一七日ころ、新たに普通乗用自動車(神戸五九と七八六八)(以下「新車両」という。)が納入されたところから、被告泰弘において原告保険会社の代理店である株式会社まやコーポレーション(以下「訴外代理店」という。)に対し、本約款第六章一般条項第六条に基づき、本件保険契約の被保険自動車を旧車両(昭和五九年四月二四日廃車登録)から新車両に替えるように車両入替手続をとって貰いたい旨電話により通知したところ、同年七月三日午前一時ころ、被告恭久が被告泰弘所有の新車両を運転中に別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)を惹起し、その結果、新車両に同乗していた原告一瀬に左眼失明(自賠責保険後遺障害等級八級一号)、顔面醜状障害(同一二級一三号、併合七級)の後遺障害を留める傷害を負わせたので、被告泰弘において原告一瀬に対し、本件事故に基づく損害賠償金三五〇〇万円の支払義務がある旨を主張している。

4 ところで、本約款第六章一般条項第六条に基づく車両入替による保険適用があるためには、(1)保険契約者が書面をもって原告保険会社に通知する(保険証券に被保険自動車の変更承認の裏書請求をする)こと、(2)原告保険会社が右裏書請求を承認することの二つの要件が必要とされるところ、本件においては右手続きが履行されていない。のみならず、右車両入替による保険の適用については、被保険自動車の所有者たる被告泰弘が同車と同一の用途および車種の自動車を新たに取得することが要件であるところ、新たに買入れた新車両は、被告泰弘の息子である被告恭久の所有名義であることが判明し、かかる点からも前記車両入替による保険適用の除外されることが明らかである。

よって、原告保険会社は、本件保険契約に基づく保険金の支払義務を負わない。

5 ところが、被告泰弘は、本件事故に関し、なお原告保険会社に対して本件保険契約に基づく保険金の支払いをもとめている。

6 よって、原告保険会社は、被告泰弘に対し、本件事故に対し、本件保険契約に基づく何らの債務を有しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は知らない。

3 同3の事実のうち、被告泰弘が、昭和五九年七月三日午前一時ころ、被告恭久が被告泰弘所有の新車両を運転中に本件事故を惹起し、その結果、同乗していた原告一瀬に左眼失明(自賠責保険後遺障害等級八級一号)、顔面醜状障害同一二級一三号、併合七級)の後遺障害を留める傷害を負わせたので、被告泰弘において原告一瀬に対し、本件事故に基づく損害賠償金三五〇〇万円の支払義務がある旨を主張していることは認めるが、その余の事実は争う。

4 同4の事実のうち、新車両の所有名義が被告恭久であることは認めるが、その余の主張は争う。

5 同5の事実は認める。

(第二事件について)

一  請求原因

1(本件保険契約の存在)

第一事件請求原因1の事実と同一であるから、ここにこれを引用する。

2 被告泰弘は、本件保険契約期間中である昭和五九年四月一三日、新たに新車両を購入し、同日、その自動車検査証に登録をした。

なお、新車両の購入者名義は、被告泰弘の息子である被告恭久名義にしてあり、その旨自動車検査証に登録をした。

3 被告恭久は、本件保険契約期間中である同年七月三日午前一時ころ、新車両を運転中に本件事故を惹起し、その結果、右車両に同乗していた原告一瀬に顔面挫創、頭部打撲の傷害を負わせた。

4 原告一瀬は、前記受傷の結果、左眼失明(自賠責保険後遺障害等級八級一号)、顔面醜状障害(同一二級一三号、併合七級)の後遺障害を留めており、本件事故に基づく同原告の人身損害額は金三五〇〇万円であるから、被告泰弘は、原告一瀬に対し、本件事故に基づく金三五〇〇万円の損害賠償債務を負担しているところ、同原告から、右金三五〇〇万円の内金二八〇〇万円につき裁判上の請求を受けていることにより(第三事件)、金二八〇〇万円相当の損害を被ったものである。

5 よって、被告泰弘は、原告保険会社に対し、本件事故に関し、本件保険契約に基づく金二八〇〇万円の保険金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2ないし4の事実はいずれも知らない。

三  免責の抗弁

1 第一事件請求原因2の事実と同一であるから、ここにこれを引用する。

2 第一事件請求原因4に記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

四  免責の抗弁に対する認否

免責の抗弁1の事実は知らない。同2の事実は争う。

五  再抗弁

1 原告保険会社と訴外代理店は、かねてより保険代理店委託契約を締結し、訴外代理店は、原告保険会社から、保険契約の締結、保険契約の変更・解除の申し出の受付等を内容とする業務の委託を受けていた。

2 被告泰弘は、前記のとおり新車両を購入したので、昭和五九年四月一七日ころ、訴外代理店の山脇猛(以下「山脇」という。)に対し、原告保険会社の承認裏書請求書の用紙に車両入替及び車両名義変更の事実を記載して、その旨の通知をなし、山脇は右承認裏書請求書を受領した。

よって、被告泰弘は、本約款第六章一般条項第六条の手続きを履行しているから、本件事故に関し本件保険契約の適用がある。

3 仮に、右2の事実が認められないとしても、車両入替等の保険契約の変更の場合に、書面による届出を要求する本約款第六章一般条項第六条の規定は、以下に述べる理由により無効である。

すなわち、そもそも自動車損害保険は、運転者が事故による損害を填補するために契約するものであって、保険契約者としては、具体的な契約の約款の条項まで詳細に知らず、通常は、保険契約の変更の場合まで書面による届出が必要であるとは知らないので実情であるから、保険契約の変更がある場合には、保険契約者において、保険代理店にその旨を届け出るだけで充分であるし、その後の保険契約約款に基づく書類上の手続きは、保険代理店がこれをおこなうべきであり、保険契約者としても、保険代理店がかかる手続きを取ってくれるものと信じてこれを依頼するのは当然なことである。他方、原告保険会社も、保険代理店が保険契約者から口頭による保険契約の変更の申出を受けることがあるのを前提に、訴外代理店との間の前記保険代理店委託契約において、「保険代理店が、保険契約の締結した場合及びその保険契約について変更・解除等の申出を受けた時は、会社の定めるところに従い、直ちに会社に報告しなければならない。」旨を定めているから、この「申出を受けた時」とは、保険契約者によって保険契約約款に基づく申出がなされることまでは必要でなく、保険代理店において、保険契約者の保険契約変更の意思が確認できる程度に具体的な申出があれば、口頭による申出でもよい筈である。

以上に次第で、本約款第六章一般条項第六条の規定は無効というべきである。

六  再抗弁に対する認否及び反論

1 再抗弁1の事実は認める。

2 同2の事実は争う。

3 同3の主張は争う。

被保険自動車の入替通知について、保険約款が単に口頭によらず書面による通知を求める趣旨は、通知の正確性と同時にモラル・リスクを排除する立証上の配慮と考えられるから、そこには合理的な理由があり、また、被告泰弘の「口頭による変更通知で足りる」との主張は、保険契約約款の条項それ自体を、保険契約者の不知を理由に無効ならしめる論理であって、到底採用し難いものである。

七  再々抗弁

訴外代理店は、昭和五九年三月三〇日をもって、原告保険会社の損害保険代理店業務を廃止し、原告保険会社との間の保険代理店委託契約を解除していたものであり、かつ、同年四月一二日、保険募集取締法七条三項の規定により大蔵大臣に業務廃止届を提出済であったから、被告泰弘主張の車両入替通知に効力の発生する余地はない。

八  再々抗弁に対する認否及び再々々抗弁

再々抗弁事実は争う。被告泰弘は、原告保険会社と訴外代理店との間で保険代理店委託契約が解除されていた事実を知らなかったのであるから、民法一一二条により、訴外代理店の代理権消滅を被告泰弘に対抗することはできない。

(第三事件について)

一  請求原因

1 交通事故の発生

別紙事故目録記載の交通事故(「本件事故」)が発生した。

2 被告らの責任原因

被告泰弘は、加害車である新車両の運行共用者であるから、自賠法三条により、被告恭久は、新車両を運転中、スピードの出し過ぎによってカーブを曲がり切れず本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により、原告一瀬の人身事故についてそれぞれ損害賠償責任がある。

3 原告一瀬の受傷、治療経過及び後遺障害

(一) 傷病名

顔面挫創、頭部打撲、左陳旧性強角膜裂傷、左虹彩脱出、左慢性虹彩炎

(二) 治療期間及び医院

(1) 入院 堀病院

昭和五九年七月三日から同月二一日まで(一九日間)

(2) 通院 同病院

昭和五九年七月二二日から昭和六〇年一月一八日まで(一八一日間)

(3) 通院 和歌山労災病院

昭和五九年八月一六日から昭和六〇年三月五日まで(二〇三日間)

(4) 入院 同病院

昭和六一年三月三一日から同年四月二八日まで(二九日間)

(5) 通院 同病院

昭和六一年三月一八日から同年一〇月一四日まで(二五四日間)

(三) 治療内容 強角膜結合手術及び虹彩整復手術

(四) 後遺障害

(1) 症状固定日 昭和六二年二月三日

(2) 浅前房、低眼圧、角膜裂傷、白内障により、左眼は眼前指数弁によって視力が不能となり、左眼失明状態と同等である。

右は自賠責保険後遺障害等級七級に該当する。

4 原告一瀬の損害

(一) 後遺障害による逸失利益 金二八九一万四一四六円

原告一瀬は、本件事故当時、バンドー化学株式会社南海工場に勤務し、年間の収入は金二二三万一八八四円であった。この年収に労働能力喪失率五六パーセント、稼働年数のホフマン係数二三・一三四を乗ずると、原告一瀬の逸失利益は金二八九一万四一四六円となる。

(二) 慰謝料 金一五一五万七七五八円

(三) 損害のてん補

原告一瀬は、本件事故に関し、自賠責保険から金九〇七万一九〇四円の支払いを受けた。

(四) 以上、右(一)と(二)の合計額から(三)を控除すると金三五〇〇万円となる。

5 よって、原告一瀬は、被告ら各自に対し、右損害金三五〇〇万円の内金二八〇〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。同4の事実は知らない。

第三証拠《省略》

理由

第一原告保険会社の本訴請求(債務不存在確認請求)について

原告保険会社主張の請求原因1の事実は、当事者間に争いがなく、被告泰弘主張の本件事故に関し、本件保険契約に基づく原告保険会社の被告泰弘に対する債務は、後記第二で述べるとおり、何ら存在しないと認められるところ、被告泰弘が保険金債務が存在すると主張していることは、本件訴訟上明らかである。

そうすると、原告保険会社の債務不存在確認を求める本訴請求は理由がある。

第二被告泰弘の反訴請求(保険金請求)について

一  請求原因1(本件保険契約の締結)の事実は、当事者間に争いがない。

二  次に、《証拠省略》によると、旧車両は、被告泰弘が所有していたが、息子の被告恭久のために購入したもので、ほとんどもっぱら被告恭久がこれを使用していたところ、被告恭久は、就職したのを機に、本件保険期間中である昭和五九年四月一三日、被告泰弘の保証のもとに自ら銀行ローンを組んで新車両を購入し、同日、その自動車検査証に所有者名義を被告恭久とする新規登録をしたこと、そして、旧車両は、その後廃車登録されたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  次に、《証拠省略》を総合すると、被告恭久は、本件保険期間中である昭和五九年七月三日午前一時ころ、新車両を運転中に、スピードの出し過ぎによってカーブを曲がり切れず本件事故を惹起し、その結果、新車両に同乗していた原告一瀬に顔面挫創、頭部打撲、左陳旧性強角膜裂傷、左虹彩脱出、左慢性虹彩炎の傷害を与えたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

四  そこで、免責の抗弁について判断する。

1  先ず、《証拠省略》によると、本約款第六章一般条項第六条には、「被保険自動車が廃車、譲渡または返還された後、その代替として被保険自動車の所有者が被保険自動車と同一の用途および車種の自動車を新たに取得し、または一年以上を期間とする貸借契約により借入れた場合(以下「自動車の入替」といいます。)に、保険契約者が書面をもってその旨を当会社に通知し、保険証券に被保険自動車の変更の承認の裏書を請求した場合において、当会社がこれを承認したときは、新たに保険証券に裏書された自動車についてこの保険契約を適用します。当会社は、自動車の入替のあった後(前項の承認裏書請求書を受領した後を除きます。)に、前項にいう新たに取得しまたは借入れた自動車について生じた事故については、保険金を支払いません。」旨規定されていることが認められる。

2  次に、原告保険会社と訴外代理店は、かねてより保険代理店委託契約を締結し、訴外代理店が、原告保険会社から、保険契約の締結、保険契約の変更・解除の申し出の受付等を内容とする業務の委託を受けていたことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によると、訴外代理店は、昭和五九年三月三〇日をもって、原告保険会社の損害保険代理店業務を廃止して、原告保険会社との間の保険代理店委託契約を解除し、同年四月一二日、保険募集取締法七条三項の規定により大蔵大臣に対する業務廃止届を提出済であったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないから、同年四月一日以降、訴外代理店が原告保険会社から授与されていた保険契約の締結、保険契約の変更・解除の申し出の受付等に関する代理権限は、消滅していたものと認められるところ、《証拠省略》によれば、少なくとも同年四月当時、山脇は、被告泰弘に対して前記保険代理店業務廃止の事実を告げておらず、被告泰弘もかかる事実をまったく知らなかったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、民法一一二条により、原告保険会社は、昭和五九年四月当時における訴外代理店の保険契約の締結、保険契約の変更・解除の申し出の受付等に関する代理権の消滅をもって、被告泰弘に対抗できないものというべきである。

3  ところで、被告泰弘は、新車両の購入に伴い、昭和五九年四月一七日ころ、被告泰弘が訴外代理店の山脇に対し、原告保険会社の承認裏書請求書の用紙に車両入替及び車両名義変更の事実を記載して、その旨の通知をなし、山脇は右承認裏書請求書を受領したから、被告泰弘において本約款第六章一般条項第六条の手続きを履行している旨を主張しているところ、山脇は、その証人尋問において、「山脇は、昭和五九年四月一五日から同月二〇日までの間に、被告泰弘から、電話により、「息子の被告恭久名義で新車両を購入し、旧車両と買替えたから、本件保険契約の変更手続きをして貰いたい。」旨の依頼を受けたので、二、三日中に被告泰弘を訪ねる旨回答するとともに、新たに車両保険に加入するよう勧めた。山脇は、その約一週間後、被告泰弘の経営する旭測電気株式会社の事務所に被告泰弘を訪ね、新車両の自動車検査証を見せて貰い、新車両の車両番号等を確認して、山脇が所定の承認裏書請求書の用紙に新車両の番号、被告泰弘の名前等を記載したうえ、同被告に捺印して貰い、これを受領した。その際、被告泰弘から、「車両保険加入の件については、そのうちに回答する。」と言われ、それを待っているうちに、被告泰弘から受領していた前記承認裏書請求書を原告保険会社に送付するのを失念し、本件事故発生の約一週間後、当時原告保険会社の大阪支店長であった土井誠に右承認裏書請求書を手渡した。」旨を供述し、《証拠省略》にも同趣旨の記載があるほか、被告泰弘も、その本人尋問において、承認裏書請求書の作成につき前記山脇の供述とほぼ同様の供述をしている。

しかしながら、証人山脇猛及び被告福田泰弘の前記供述並びに《証拠省略》の記載内容は、いずれも後記4の冒頭に掲記の各証拠に照らしてにわかに信用することができず、他に、本約款第六章一般条項第六条の手続きの履行に関する前記被告泰弘の主張事実を認めるに足る証拠はない。

4  かえって、前記二に認定の事実に、《証拠省略》を総合すれば、(1)本約款第六章一般条項第六条に基づく車両入替による保険の適用については、被保険自動車の所有者が、同車と同一の用途及び車種の自動車を新たに取得することが要件とされているから、本件のように、本件保険契約の被保険自動車たる旧車両の所有者と新たに取得された新車両の所有者とが異なる場合に、本件保険契約の適用を受けるためには、保険契約者が、車両入替とともに被保険者の氏名の変更を書面をもって原告保険会社に通知する(保険証券に被保険自動車と被保険者の変更承認の裏書請求をする。後者の変更承認については本約款第六章一般条項第四条が適用になる。)ことが必要とされること、したがって、被告泰弘としては、昭和五九年当時、原告保険会社(正確には、その前身であるアイエヌエイ保険会社、以下同じ)が定めていた承認裏書請求書の被保険自動車の欄に新車両の明細を、被保険者名(所有者)欄に被告恭久の氏名をそれぞれ記載して、訴外代理店または原告保険会社に通知しなければならなかったこと、(2)訴外代理店の山脇は、昭和五九年四月一七日ころ、被告泰弘から、電話により、「新たに新車両が納入されたので、旧車両と車両入替手続きをとって貰いたい。」旨の連絡を受け、その際、電話で同被告から新車両の車両明細を聴いて、これを手帳に書きとめるとともに、被告泰弘に対し、車両入替を機に新たに車両保険に加入するよう勧め、その意思確認をしたところ、「考えて返事をする。」とのことであったこと、(3)そこで、山脇としては、二、三日中に被告泰弘から右返事が貰えるものと考え、しかる後、同被告から、その要請にかかる車両入替の承認裏書請求書に同被告の捺印を貰ってこれを受領したうえ、原告保険会社に送付する心積もりにしていたところ、その後、被告泰弘から連絡がなかったため、右承認裏書請求書の受領及び原告保険会社への報告を失念してしまったこと、(4)ところが、同年七月三日、被告恭久が新車両を運転中に本件事故を惹起し、山脇は、翌同月四日、被告泰弘から本件事故発生の報告を聞いて、前記車両入替の承認裏書請求書の受領及び原告保険会社への報告を失念していたことにはじめて気が付き、狼狽したが、被告泰弘にはかかる事実を秘匿し、自己の失態を隠蔽するべく、本件事故の被害者である原告一瀬に対する損害補償をなんとか自賠責保険の範囲内で処理しようと努力したこと、(5)しかしながら、原告一瀬の傷害の程度が左眼失明等の重症で、到底自賠責保険の範囲内では処理しきれないことが判明したため、山脇は、同年八月三〇日に至り、原告保険会社の大阪支店に原告保険会社宛の「自動車保険事故報告書兼保険金請求書」及び新車両の自動車検査証を持参し、査定課長の城勉と面談して、はじめて本件事故の報告をするとともに、被告泰弘による本件車両入替の事実と、山脇が被告泰弘から電話で右車両入替手続きを依頼されていたにもかかわらずこれを失念し、本件事故時まで何ら手続きをしていなかったことを説明し、山脇の作成にかかる大阪支店長土井誠宛の「経過説明書」と題する書面を差し入れたこと、そして、同書面には、前記(2)ないし(4)に認定の事実に沿う内容が記載されており、城課長も、山脇から、「山脇が、被告泰弘から本件車両入替に関する承認裏書請求書を受領していながら、手続きを失念した。」とは聞かされなかったし、その後の原告保険会社における調査、稟議の過程においても、山脇が被告泰弘から受領したとされる承認裏書請求書の存在は認められなかったこと、(6)ところが、山脇は、同年一二月三日に再度城課長と面談した際には、「被告泰弘からの最初の電話から一週間位後に被告泰弘に会い、承認裏書請求書に署名・捺印を貰っていた。」旨を主張するようになったこと、以上の事実が認められる。

右認定事実によると、被告泰弘は、本件車両の入替について、訴外代理店に対し、単に口頭により車両入替手続きをとって貰いたい旨を通知したに止まり、車両入替及び被保険者の変更を書面(承認裏書請求書)をもって通知しなかったことが認められるから、本約款第六章一般条項第六条、第四条の手続きを履行しなかったものというべきである。

5  なお、被告泰弘は、通常、保険契約者としては、具体的な約款の条項まで知らず、保険契約の変更まで書面による届出が必要であるとは知らないのが実情であるから、保険契約の変更がある場合には、保険契約者において、保険代理店に口頭でその旨を届け出るだけで十分であるとして、車両入替等の保険契約の変更の場合に、書面による届出を要求する本約款第六章一般条項第六条の規定は無効である旨を主張している。

しかしながら、《証拠省略》を総合すると、原告保険会社は、保険契約の締結の際に、保険契約者に対して保険のしおりによって右条項を知らせていることが認められるから、右条項の存在は保険契約者に不意打ちを与えるものではないし、車両入替等の保険契約の変更の場合に承認裏書請求を必要とする規定は、車両の用途、車種の変更は事故発生率に大きな影響を与え、予測危険率と保険料率との均衡等保険契約の基礎に重要な変更を加える可能性があるため、保険者に保険契約の解除ないし追加保険料の徴収等の条件変更の機会を与える必要から設けられたものと認められるところ、かかる制度の趣旨を十全ならしめるためには、通知の正確性とモラルリスクを排除する立証上の配慮が不可欠と考えられるから、車両入替等の保険契約の変更の場合に書面による届出を要求する前記条項は、十分に合理性があり、有効というべきである。

よって、この点に関する被告泰弘の前記主張は採用することができないから、原告保険会社の免責の抗弁は理由がある。

五  以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、被告泰弘の反訴請求(保険金請求)は理由がない。

第三原告一瀬の損害賠償請求について

一  原告一瀬主張の請求原因1(交通事故の発生)及び2(被告らの責任原因)の各事実は、いずれも当事者間に争いがないから、被告泰弘は自賠法三条により、被告恭久は民法七〇九条により、本件事故によって原告一瀬が被った損害をそれぞれ賠償すべき責任がある。

二  次に、請求原因3(原告一瀬の受傷、治療経過及び後遺傷害)の事実、すなわち、傷病名(顔面挫創、頭部打撲、左陳旧性強角膜裂傷、左虹彩脱出、左慢性虹彩炎)、治療期間及び医院(昭和五九年七月三日から同月二一日まで(一九日間)堀病院に入院、同月二二日から昭和六〇年一月一八日まで(一八一日間)同病院に通院、昭和五九年八月一六日から昭和六〇年三月五日まで(二〇三日間)和歌山労災病院に通院、昭和六一年三月三一日から同年四月二八日まで(二九日間)同病院に入院、同年三月一八日から同年一〇月一四日まで(二五四日間)同病院に通院)、治療内容(強角膜結合手術及び虹彩整復手術)、後遺障害(症状固定日昭和六二年二月三日、浅前房、低眼圧、角膜裂傷、白内障により、左眼は眼前指数弁によって視力が不能となり、左眼失明状態と同等であって、自賠責保険後遺障害等級七級に該当)は、すべて当事者間に争いがない。

三  そこで、原告一瀬の被った損害について判断する。

1  後遺障害による逸失利益 金二六六六万五二一五円

前記二に認定の事実に、《証拠省略》を総合すると、原告一瀬は、本件事故当時、バンドー化学株式会社に勤務する昭和三七年九月生まれの健康な男子であり、本件事故による後遺障害によって、その労働能力の五六パーセントを喪失したものと認められること、原告一瀬が、昭和六〇年一月から同年四月までの四か月間に同会社から支給された給料の合計額は、金七〇万一九九七円であったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、原告一瀬は、症状固定時である昭和六二年二月当時、少なくとも年間金二一〇万五九九一円(七〇万一九九七円×3)の収入を得ていたものというべきであるから、この年収に、労働能力喪失率五六パーセント、稼働年数四三年の新ホフマン係数二二・六一〇を乗ずると、原告一瀬の逸失利益は金二六六六万五二一五円(円未満切捨て)となる。

2  慰謝料 金一一〇〇万円

原告一瀬の後遺障害の態様・程度、入通院期間その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故による慰謝料は、金一一〇〇万円をもって相当と考える。

3  損害のてん補 金九〇七万一九〇四円

《証拠省略》によると、原告一瀬は、本件事故に関し、自賠責保険から金九〇七万一九〇四円の支払いを受けたことが認められる。

4  以上、右1と2の合計額から3を控除すると金二八五九万三三一一円となる。

四  よって、被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償金の内金として金二八〇〇万円の支払いを求める原告一瀬の請求は、理由がある。

第四結論

以上のとおりであって、原告保険会社の債務不存在確認を求める本訴請求及び原告一瀬の損害賠償請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、被告泰弘の保険金の支払いを求める反訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤)

〈以下省略〉

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